【Ｋさんの場合】
彼女は、通勤途中、車窓からの景色をぼんやりと眺めていた。すると、ビルとビルの狭間に一瞬だが南国の海が見えた。幻だろうか？どうしても確かめたい。彼女は次の降りたことのない駅で下車すると、見知らぬ海岸を夢遊病の異邦人のようにふらふらと歩きはじめた。


【Ｍさんの場合】
彼はいつものように荷物を積んで、いつもの場所に向かう途中だった。通い慣れたいつもの道のアンダーパスに入ると、新しい道を発見した。いつ工事したのだろう？予定時刻にはまだ間がある。彼は左折して新しく出来た道に進んだ。すると、突然眩いばかりの陽光が目に差し込んできた。白い砂浜に椰子の木が揺れているではないか。彼はクルマを降りるとタバコに火をつけて静かに砂浜に腰を下ろしてしまった。



【Ｈさんの場合】
その人は、買い物の途中、じゃがいもを手にした瞬間、ふと虚しさに襲われた。家族の夕食の支度をしなければいけないのに買い物をやめて路地裏を彷徨った。すると、海のない街なのに暗い路地の向こうに南の島の海と見まごうばかりの青い海が見えた。彼女は買い物カゴを手にしたまま眩いばかりに光り輝く海に向かって歩きはじめた……。



存在するはずのない場所に不意に現れ、人の心を魅了する見知らぬ海。



人はそれを『路地裏海岸』と呼んだ。

次は【あなたの場合】です。